私は人生の大半を通じて、自動化に惹かれてきた。人を排除したかったからではない。人がやるべきではない仕事を、人がやり続けているのを何度も見てきたからだ。ある画面の数字を別の画面に打ち直す。3つのツールをまたいでステータスを追いかける。メールの情報を表計算シートにコピーし、そこからシステムへ、さらに次のシステムへと移す。誰も接続しようとしなかった場所の間で、人間が橋になる。

私は16年間、会計事務所とその顧客向けのB2B SaaS企業、SaldeoSMARTを築いてきた。書類の読み取り、データの移動、分類、振り分け、ステータス管理など、彼らの仕事の一部を自動化した。退屈で、繰り返しが多く、情報を運ぶだけの仕事を人の机から取り除き、ソフトウェアに渡した。

それは、他社の中にある仕事を自動化することだった。今、私が問いかけているのは別のことだ。

16年間、私は会社を外から眺めていたわけではない。製品、営業、カスタマーサポート、財務、導入、意思決定、例外対応、人、システム。そのすべてを内側から動かしてきた。当時の自動化は、主に個々のプロセスを人の手から取り上げるものだった。今、その問いは一段上に移る。今回は仕事の一部分を自動化するのではなく、会社そのものを初日から別の分業の仕方で設計したらどうなるだろうか。

その答えを出すには、会社を分解しなければならない。経営書の理論としてではなく、人がさまざまな場所に現れ、しかも常に同じ役割を担っているわけではない、実際の仕事の仕組みとして。

では、会社はいったい何でできているのか。

人の手から仕事を引き離してきた50年

ソフトウェアがこれまで歩んできた道を振り返ると分かりやすい。テクノロジーの歴史としてではなく、ソフトウェアが静かに人から取り除いてきた仕事の歴史として見るのだ。

最初にコンピューターが引き受けたのは、計算と記憶だった。それ以前は、大勢の人が部屋に集まり、手作業で計算し、帳簿をつけ、データを打ち直し、記録を管理していた。その仕事の大部分は、単純に消えるか、システムの中へ移った。

次に、ネットワークが情報の移動を引き受けた。データを場所から場所へ運ぶ人は、もう必要なくなった。経済全体の規模で、つなぎ役が不要になったのだ。

その後、プロセス自動化がルールの実行を担うようになった。システムは「これが起きたら、あれをする」という一連の流れを実行できるようになった。これは実行者の役割だった。ただし、事前に書き下せる予測可能な部分だけだ。

こうしたすべての段階には、共通する壁があった。数字、データベースの項目、フォーム、厳密なルールといった構造化されたものはうまく扱えた。しかし、普通のメール、PDFの契約書、行間に隠れた意図、不完全なデータ、顧客の感情といった現実の混沌が現れた瞬間、システムはたいてい止まり、人を呼んだ。何十年もコンピューター化を進めた後でも、会社のプロセスの途中に大勢の人が残っていたのはそのためだ。人の方が安かったり、見つけやすかったりしたからだけではない。構造化されていないものを読み、その意味を理解できたのが人だけだったからでもある。

誰もがAIについて話し始める前から、私たちもその一部に取り組んでいた。ソフトウェアが請求書を読み、データを抽出することで、それまで誰かが手で入力していた仕事を引き受けた。うまく機能したが、対象は比較的予測しやすい形をしたものに限られていた。

今、その壁が本当に崩れ始めている。ソフトウェアが混沌を読めるようになりつつある。怒りに満ちたメッセージを受け取り、単なる質問ではなく苦情だと判断する。契約書を読み、リスクを浮かび上がらせる。異なる形式の20個の文書を受け取り、そこから一貫した全体像を組み立てる。

解釈は、システムが人の手から取り除けなかった最後の大きな仕事だった。今、まさにその層が変わり始めている。

では、会社とは何か

製品だけではない。チームだけでもない。組織図だけでもない。

会社とは、問題を見つけ、約束をつくり、価値を届け、対価を受け取り、例外に対応し、学び、存続するシステムだ。

これは意図的に、単なるタスクリストよりも広い定義にしている。手順に落とし込みにくいものも含めるためだ。信頼、タイミング、評判、責任、難しい決断、例外、そして、そもそもなぜそれを存続させるのかという理由。自動化を簡単に見せるためだけに、こうした要素をひそかに削り落とすような会社の定義は使いたくない。

それでもまだ抽象的に聞こえるなら、現実に引き戻そう。何を売っているかにかかわらず、どの会社も似たような一連の課題を解かなければならない。

以下のマップは、会社が少なくとも2つの問いに暫定的な答えを持った時点から始まる。どんな問題を解決するのか。そして、誰のために解決するのか。その答えを見つけ、検証する過程は、同じ分業に基づく一つ前のループであり、それ自体に独自のマップが必要だ。まずは顧客に向き合う部分から見ていこう。

価値のループ:顧客の問題を価値と売上に変える仕組み

それぞれの項目の後半が、いつも同じ言葉で始まっていることに気づくだろう。

誰か。誰か。誰か。

バックオフィス:会社が存続するためだけに行うこと

同じパターンだ。誰か。

そのすべての上にあるもの:戦略

戦略 — 進む方向、何に賭けるか、何をしないか、どう価格を決め、市場にどう反応するか。ここでは創業者が決め、手放さない。

この切れ目は重要だ。覚えておく価値がある。

4種類の「誰か」

「誰か」という言葉に戻ろう。このマップは「誰か」だらけだ。しかし、その「誰か」たちは同じ仕事をしているわけではない。会社の仕事を小さく切り分けると、4つの異なる人間の役割が見えてくる。

つなぎ役は情報を動かし、ステータスを追い、互いに話さないシステム同士をつなぎ止める。何も生み出さない。運ぶだけだ。必要になることもあるが、それは上流で何かが接続されないまま残っているからにすぎない。

実行者は、見慣れた型に沿って繰り返し可能なタスクをこなす。れっきとした仕事であり、ときには難しい。しかし、結果は比較的予測しやすい。最新の技術変化が最も強く影響するのはここだ。毎回少しずつ違っていても、基本の形は同じという仕事が、ますます増えているからだ。

もちろん、すべての実行がデジタルなわけではない。ソフトウェアはホテルの部屋を掃除せず、建設現場で構造物を組み立てず、サーバールームでサーバーをラックに収めることもない。この記事では、情報、調整、または判断を中心とする会社の仕事に範囲を絞る。物理世界には物理世界の論理がある。それについては別に取り上げたい。

判断は、型が存在しないところから始まる。この市場に参入するか。この顧客を例外扱いする価値があるか。競合はゲームのルールを変えたのか、それとも単に騒いだだけなのか。同じ事実を与えられた2人の賢い人が異なる決断を下し、しかも両方が正しい可能性がある。そこに判断がある。

専門家は、誰かが結果に自分の名前を載せなければならない場所で必要になる。法務、税務、財務、技術。ソフトウェアはすでに、分析、草案、チェックリストを準備できる。しかし、資格も、署名する名前もなく、間違えたときに結果を引き受けることもない。

最初の2つの役割はコストだ。後の2つは意味だ。実際にはもっと入り組んでいるが、最初の切り分けとしては成り立つ。従来型の会社は通常、この区別をしない。全員を「人員」と呼び、あらゆる場所に人を同時に足すことで規模を拡大する。

一つの領域を切り開いてみる

部門名、役割名、会社で使われる流行語は、いずれも容器にすぎない。「サポート」「営業」「請求」「苦情対応」「受注処理」「競合を見張る」。どれも一つの仕事のように聞こえる。だが実際には、ほぼ必ず複数の異なる仕事が混ざっている。だから「誰がこれを担当すべきか」という問いは、たいてい早すぎる。まず問うべきなのは、ここで具体的に何をする必要があるのか、だ。

具体例としてサポートを見てみよう。一つの仕事に見える。それを切り開く。

「パスワードはどこで変更できますか?」。今日だけで12回目だ。これは実行者の仕事である。同じ型に沿った同じ回答で、新たな判断は必要ない。

誰も前に進めなかったため、3日間止まっているバグ報告。これはつなぎ役だ。問題を解決しているのではない。ただ見失われないようにしている。

5年来の顧客が怒っている。理屈の上では顧客が間違っているが、今月は解約防止の数字が弱く、例外にする価値があるかもしれない。これは判断だ。単純な型はなく、分別のある2人が異なる決断を下す可能性がある。

「あなたのツールで規制対象データを処理できますか。また、その責任を負いますか?」。これは専門家だ。会社が実際に責任を持てる形で、誰かが答えなければならない。

一つの領域の中に、4つの役割がある。多くの会社では、そのすべてが一つのチームに降りかかる。小さな会社では、一人に集中することも多い。その人は一日中、100回目の回答をし、ステータスを追い、難しい決断をし、責任の問題に対応する。そのすべてを、まるで一つの仕事であるかのように「サポート」という引き出しへ放り込む。しかし、一つの仕事ではない。サポートの一部はコストであり、システムへ移せる。残るのは、まれに必要となる難しい決断と、誰かが責任を負わなければならない少数の場所だ。サポートは消える必要はない。その本質だけに縮小できる。

同じ仕組みは、職種名ですらない「競合を見張る」という言葉にも現れる。四半期ごとの市場調査——誰が何を発表し、どう価格を設定したか——は実行であり、今ではシステムが人の30倍の速さで読み取れる仕事だ。日々のバックグラウンド監視——火曜日の新機能、木曜日の値下げ——はつなぎ役である。そして、競合が価格を半分にしたときに何をするかという決断は判断であり、これは人に残る。一つの言葉、3種類の異なる仕事、会社の中の3つの異なる場所。

ほかの流行語も同じように分解できる。受注処理、苦情対応、請求、マーケティング、営業、採用、セキュリティ。外から見ると一つのものに見えるが、内側にはほぼ必ず異なる種類の仕事が隠れている。

もう一つ、注目すべき継ぎ目がある。繰り返し可能な仕事をうまくこなすシステムでも、遅かれ早かれ、認識できないケースに出会う。重要なのは、そこで推測させないことだ。自分が何を知らないのかを認識し、まさにその地点で人を呼べるように設計する。どこにその引き継ぎ点を置くかが、本当の設計作業の大部分を占める。この話はまた別の日にしたい。

名前について

Zero Human Companyという名前は冷たく聞こえる。だから、これが何を意味しないのかを明確にしておきたい。「人のいない会社」という意味ではない。人が標準の業務レイヤーではなくなる会社、という意味だ。つまり、ほかに担い手がいないという理由だけでデータを動かし、繰り返し作業をこなす、標準のつなぎ役や実行者ではなくなる。システムがその部分を引き受ける。人は、人こそが本質となる場所に残る。方向性、判断、品質、責任、そして例外だ。私は意図的に鋭い名前を選んだ。「AI-first company」のような穏やかな名前の方が安全だっただろう。しかし、それでは本当の問いを避けられてしまう。人が本当に残る必要があるのはどこか。そして、システムがまだ読んで理解できなかったという理由だけで、人が会社に置かれていたのはどこか。

このプロジェクトで最初に書いた記事のタイトルは「もうCEOには戻りたくない」だった。このように会社を分解すると、私が何を言いたかったのかが以前よりよく分かる。何かを経営する仕事そのものが嫌だったわけではない。20の領域で同時につなぎ役と実行者になることが嫌だったのだ。データを動かし、ステータスを追い、100回目の返答をし、つながっていないプロセスを手作業で補修し、会社のあらゆる場所で人間のコネクターになる。小さな会社では、創業者が4つの役割すべてを同時に担うことが多い。つなぎ役、実行者、判断、そして本来そうであるべきでない分野まで含めた万能の専門家。だから創業者は溺れていく。

私はもう、つなぎ役にはなりたくない。判断する場所にいたい。

本質

この記事は、実のところ、すべてを自動化する話ではない。その前から始まる。見えないタスクをすべて「誰かの仕事」として扱うのをやめることだ。

会社は一つのものではない。さまざまな領域が積み重なっている。そして、それぞれの中に、つなぎ、実行、判断、責任のいずれかに当たる仕事がある。私たちは長年、人にその4つすべてを同時に担わせ、そのうちどの部分が本当に人を必要とするのかをほとんど問わなかった。

会社を最初から違う形でつくりたいなら、まずはっきり見なければならないのはそこだ。どの部分が価値で、どの部分がつなぎで、どの部分が判断で、どの部分が責任なのか。

これがZero Human Companyの背後にある問いだ。既存の会社にどうAIを追加するか、ではない。どんな会社を選び、それを初日からどう設計すれば、会社の隅々で人がつなぎ役と実行者を担わずに済むのか、という問いだ。

正直な答えは、会社が存在する前から始まる。何をつくらないかを決めるところから。